台北の主要な観光スポットの一つが「中正紀念堂」。中でも「衛兵交代式」というパフォーマンスを見に訪れる方も多かったですが、実は衛兵交代式は2024年に廃止されているんです。
そこで今回は、中正紀念堂の衛兵交代式が廃止された理由を解説します。
新パフォーマンスの見どころや概要、衛兵交代式との違いなどもお伝えしているので、ぜひ最後までご覧くださいね。
中正紀念堂の衛兵交代式は廃止!理由は?

早速、中正紀念堂の衛兵交代式はなぜ廃止されたのか、理由を3つのポイントに絞って詳しくお伝えしていきます。
移行期の正義

この変更を理解する上で最も重要なキーワードが「移行期の正義」です。
独裁や権威主義といった体制から民主主義へと移行した国が、過去の人権侵害や不正義と向き合うために行う一連の取り組みを指します。具体的には歴史の真相究明、加害者の責任追及、被害者の名誉回復と補償、そして同様の過ちを繰り返さないための制度改革などが含まれます。

台湾では2017年に「移行期正義促進条例」が可決され、政府内に専門機関として「移行期正義促進委員会」が設置されました。
この委員会の目的は、かつての国民党による一党独裁時代、特に「白色テロ」と呼ばれる政治的弾圧の真相を解明し、権威主義の象徴とされるものを社会から取り除いていくことなんですよ。
蒋介石元総統の再評価

移行期の正義の文脈で、中心的な対象となっているのが蒋介石元総統の歴史的評価の見直し、いわゆる「去蒋化」(脱蒋介石化)の動きです。
蒋介石はかつて中華民国を率い、台湾の発展の基礎を築いた指導者として神格化されていました。


台湾全土の学校や公共施設には蒋介石の銅像が建てられ、その前では敬礼が求められた時代もあったそうです。
しかし民主化が進むにつれて、彼の統治下で行われた二・二八事件や白色テロといった深刻な人権侵害が問題視されるようになりました。多くの台湾人にとって、彼は独裁者であり、人権弾圧の責任者であるという側面が強く認識されるようになったのです。
この歴史認識の変化に伴い、台湾各地で蒋介石の銅像が撤去されたり、ペンキがかけられたりする事案が頻発し、社会的な議論を巻き起こしてきました。中正紀念堂の衛兵交代式の廃止は、この長年にわたる「去蒋化」の潮流における最も象徴的な一歩と位置づけられています。
「個人崇拝」と「権威崇拝」からの脱却

台湾政府の文化部(文化省)は、今回の変更に関する公式な理由を明確に発表しています。その核心は「個人崇拝」と「権威崇拝」からの脱却です。
国家の軍隊である儀仗隊が特定の個人の銅像を警護し、神聖化するための儀式を行うことは、現代の民主主義社会の価値観にそぐわないと判断されました。国軍の本来の任務は国家と国民、そして民主主義の価値を守ることであり、過去の権威主義的な指導者を称えることではありません。

この決定は歴史を消去するのではなく、歴史を民主主義の文脈で再解釈しようとする試みです。つまり、台湾という国家の象徴である国軍を蒋介石という個人の権威から切り離すという、極めて意図的な政治的・象徴的行為なのです。

衛兵交代式の廃止は単なる運営方針の変更ではなく、深く複雑な歴史の見直し作業があったんですね。
変更を巡る台湾社会の反応は?

この歴史的な変更は、台湾社会で大きな議論を巻き起こしました。賛成と反対、それぞれの立場から様々な意見が表明されています。
批判的な見方:伝統の喪失と兵士への負担

野党である国民党やその支持者からは、強い批判の声が上がっています。主な批判点は以下の通りです。
- 伝統と観光資源の喪失:44年間続いた伝統的な儀式であり、台北の重要な観光資源であった衛兵交代式をなくすことは、台湾の魅力を損なうものだと主張しています。
- 兵士への過酷な負担:台湾の夏は猛烈な暑さと湿度で知られており、そのような酷暑の屋外で重い装備を身につけた兵士に15分間のパフォーマンスを強いることは「虐待」であり「非人道的」であるとの非難が噴出しました。
これらの批判は、この変更が国民党の創設者である蒋介石の権威を貶めるための、純粋に政治的な動機によるものであり、伝統や現場の兵士への敬意を欠いているという見方に基づいています。
肯定的な見方:民主化の深化と開かれたパフォーマンス

一方、与党である民進党やその支持者、そして多くの市民は、この変更を台湾の民主主義がさらに一歩前進した証として肯定的に捉えています。
- 民主主義の成熟:権威主義時代の象徴である個人の銅像を国軍が警護するという形式を終えることは、台湾が真の民主国家として成熟していく上で不可欠なプロセスであると評価されています。
- より開かれたパフォーマンスへ:新しい屋外での行進は、これまでのように階段を上る必要がなく、誰でも気軽に間近で観覧できるため、より多くの人々が楽しめる開かれたパフォーマンスになったという意見もあります。

この論争は単なる儀式の形式を巡るものではなく、台湾の歴史をどう語り、国家としてどのような価値を重んじるかという、台湾社会の根源的なアイデンティティを巡る対立の縮図とも言えますね。
新パフォーマンス「儀仗隊屋外行進」を解説!

長年親しまれてきた衛兵交代式は「儀仗隊屋外行進」という新たな形で生まれ変わりました。その具体的な内容を詳しく見ていきましょう。
儀仗隊屋外行進の詳細

衛兵交代式に代わって新たに始まったのが「儀仗隊による屋外行進」。これまでのように銅像を警護する儀式ではなく、儀仗隊の訓練の様子をパフォーマンスとして公開するものです。
- 名称:儀仗隊による屋外行進
- スケジュール:毎日午前9時から午後5時まで、1時間ごと(毎正時)に計9回実施(9:00, 10:00, 11:00, 12:00, 13:00, 14:00, 15:00, 16:00, 17:00)
- 所要時間:約15分間
- 場所:中正紀念堂の正面階段下にある広場「民主大道」
- 内容:儀仗隊員が建物の両側から行進してきて民主大道で合流し、儀仗銃を用いた華麗で迫力のあるパフォーマンスを披露します。特に、4人の隊員が同時に儀仗銃を高く投げ上げて回転させる場面は最大の見どころです。
- 重要事項:屋外でのパフォーマンスのため、雨天時は中止となります。訪れる際は、事前に天気予報を確認することが不可欠です。

実際に僕も目の前で鑑賞してきましたよ!
衛兵交代式との変更点を比較してみた

従来の衛兵交代式と新しい儀仗隊屋外行進の違いを理解するために、以下の表に要点をまとめましたよ。
| 衛兵交代式(~2024年7月14日) | 儀仗隊屋外行進(2024年7月15日~) | |
| 場所 | 紀念堂4階 蔣介石銅像ホール(屋内) | 紀念堂正面 民主大道(屋外) |
| 時間 | 9:00~17:00の毎正時 | 9:00~17:00の毎正時 |
| 所要時間 | 約10分 | 約15分 |
| 内容 | 蔣介石像を警護する衛兵の交代儀式 | 巡回と儀仗銃を用いた訓練パフォーマンス |
| 常時立哨 | 交代時間以外も衛兵が直立不動で警護 | パフォーマンス時間以外は立哨なし |
| 天候 | 天候に左右されない | 雨天時は中止 |
| 観覧 | 階段を上りホール内から観覧 | 階段下で誰でも間近に観覧可能 |
この変更の最も象徴的な点は、パフォーマンスの舞台が権威の象徴である蒋介石像が鎮座する閉ざされた高所から、市民に開かれた地上の広場へと移されたことです。

儀式の目的が「特定の個人を神聖化し警護する」ことから「民主主義の広場で市民と共にあり、その練度を披露する」ことへと根本的にシフトしたことを物語っています。

来訪者が階段を上り、権威を見上げる形で見学していた儀式が、今では誰もが同じ目線でより身近に楽しめる開かれたパフォーマンスになったんですね。
儀仗隊屋外行進のベスト観覧スポットと注意点

新しい「儀仗隊屋外行進」を最大限に楽しむためには、いくつかのポイントがあります。特に以下の3点に注意しておきましょう。
- 早めの場所確保:パフォーマンスは民主大道の広場で行われます。開始時刻の5~10分前には到着し、行進ルート沿いの見やすい場所を確保することをおすすめします。
- 写真撮影のヒント:背景に中正紀念堂の壮大な本堂が入るアングルが人気。広角レンズがあると、パフォーマンスの全体像と建物のスケール感を同時に収めることができるでしょう。
- 天候の確認は必須:繰り返しになりますが、屋外パフォーマンスのため雨天時は中止になります。訪問日の天気予報は必ずチェックしましょう。

やはり正面が迫力を感じられておすすめです。
忠烈祠の衛兵交代式にも注目!

中正紀念堂と同じく台北市内にある「忠烈祠」では、衛兵交代式を見ることができますよ!忠烈祠の衛兵交代式は、中正紀念堂の旧交代式とはまた異なる魅力を持っています。
- より大規模で荘厳:大門から大殿まで、より長い距離を衛兵たちが行進します。その一糸乱れぬ行進は圧巻ですよ。
- エリート兵士たち:任務に就くのは、陸・海・空軍から容姿端麗、高身長、高学歴などの厳しい基準で選抜されたエリート中のエリートたちです。
- 制服の違い:担当する軍によって制服の色が異なります。深緑色は陸軍、白または黒(夏・冬)は海軍、青色は空軍で、半年ごとに交代します。
- 時間:こちらも毎日午前9時から午後5時まで、1時間ごとに行われます(16時台が最終)。
中正紀念堂の新しいパフォーマンスと、忠烈祠の伝統的な交代式の両方を見ることで、台湾の儀仗隊の多様な姿に触れることができるでしょう。
中正紀念堂は記念碑から「民主教育の拠点」へ

衛兵交代式の変更は、中正紀念堂全体の変革に向けた序章に過ぎません。台湾政府は、この巨大な施設そのものの役割を根本的に変えようとしています。
「民主教育園区」への転換

行政院は中正紀念堂を中長期的に「民主教育園区」へと転換させる計画を承認しました。この計画の目標は「歴史的記憶の保存」と「民主教育の推進」です。
具体的には、台湾が権威主義体制から如何にして今日の活気ある民主主義社会へと移行したのか、その苦難の道のりを学び、人権や法の支配といった価値の重要性を次世代に伝えていくための拠点として再定義することを目指しています。

僕が訪れた際も、民主主義までの道のりを辿った展示が行われていましたよ。

人権をテーマにした展示や教育プログラムが拡充され、台湾の民主化の歴史を体感できる空間へと生まれ変わる予定です。

過去の権威を称える記念碑から、未来の民主主義を育むための教育施設へと、中正紀念堂の存在意義の大きな転換を試みているんですね~。
実は名称変更が行われていた

実は、中正紀念堂のあり方を巡る議論は今回が初めてではありません。2007年、当時の民進党・陳水扁政権は「去蒋化」の一環として、中正紀念堂の名称を「国立台湾民主紀念館」に変更しました。
同時に、正面の巨大な門に掲げられていた「大中至正」(蒋介石の本名である「中正」に由来する言葉)の扁額を「自由広場」に掛け替えました。

しかし2008年に国民党が政権に復帰すると、建物の名称は再び「中正紀念堂」へと戻されました。ただし「自由広場」の扁額はそのまま残され、現在に至っています。
この一連の出来事は、中正紀念堂が単なる歴史的建造物ではなく、台湾の国家アイデンティティを巡る政治的対立の最前線であり続けてきたことを示しています。
世界で権威主義の象徴はどのように扱われてきたか

台湾のように多くの国が、独裁や権威主義の過去を象徴するモニュメントの扱いに苦慮し、様々な方法で向き合ってきました。
その例を以下にご紹介していきますよ。
- スペイン:長年独裁者として君臨したフランコ総統の遺体が、国民的和解の象徴であるべき「戦没者の谷」から掘り起こされ、2019年にマドリード郊外の一般的な墓地に改葬されました。これは、国家的な顕彰の対象から明確に外す「除去・移転」というアプローチです。
- ハンガリー:首都ブダペストには「メメント・パーク」という野外博物館があります。ここには、共産主義時代に市内の広場に建てられていたレーニンやマルクスなどの巨大な彫像が集められています。権威の象徴を公共空間から撤去しつつも、歴史の遺産として「保存し、新たな文脈を与える」手法をとっています。ブルガリアのソフィアにある「社会主義美術館」も同様のコンセプトですよ。
- 韓国:1980年の「光州事件」という軍事独裁政権による市民弾圧の記憶を継承するため、「国立5.18民主墓地」や「5.18民主化運動記録館」などが設立されました。権威主義の象徴をただ取り除くのではなく、その下で犠牲になった人々の記憶を国家的に記念し、民主主義の価値を語り継ぐ「対抗的な物語を創出する」アプローチです。
これらの事例と比較すると、台湾が目指す「民主教育園区」計画は、ユニークで複合的なアプローチであることがわかります。
スペインのように即座に撤去するのではなく、ハンガリーのように別の場所に移すのでもなく、その場所自体を「再文脈化」しようとしています。
そして韓国のように、権威主義の歴史を民主主義と人権を学ぶための教材へと転換し、新たな意味を付与しようとしているのです。

独裁者を称える記念碑を、その独裁者のレガシーとは正反対の価値である民主主義を教えるための拠点に変えるという、興味深い試みと言えるでしょう。
中正紀念堂の新パフォーマンスを観賞しよう!
中正紀念堂では衛兵交代式は廃止されたものの、代わりの新パフォーマンス「儀仗隊屋外行進」を鑑賞することができますよ。
儀仗隊屋外行進も迫力満点で、15分間の儀式に圧倒されること間違いなし。台北観光では、ぜひ中正紀念堂に訪れて新パフォーマンスを見に行ってみてくださいね。
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