台湾の歴代総統をご紹介!首相や大統領との違いも解説

台湾生活

台湾での政治の権限が最も高い「総統」。現在担っているのは民進党の頼清徳総統ですが、過去にはどんな人物が総統になっていたのか気になる方もいらっしゃるでしょう。

そこで今回は、台湾の歴代総統をご紹介します。

また、台湾の総統は他の国の「大統領」や「首相」とは何が違うのかも解説していきますよ。ぜひ当記事で学んでみてくださいね。

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台湾の歴代総統をご紹介!

早速、台湾の歴代総統をご紹介していきます。初代の蔣介石から現在の頼清徳総統まで、全ての歴代総統をざっとお伝えしていきますね。

初代:蔣介石(1948年~1975年)

台湾の総統と言えば、一番印象深い方も多いであろう「蔣介石」ですよね。日中戦争前から国民党を率いて、台湾に拠点を移したあとも長年中華民国の政治を行ってきました。

蔣介石は1887年生まれで、若い頃から軍事に強い関心を持ち、日本に留学して陸軍教育を受けた経験もあるんですよ。

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日本留学時代に近代的な軍事思想と国家観を学んだことが、のちの政治・軍事指導に大きな影響を与えたそうです。

帰国後は孫文が率いる革命運動に参加し、中国国民党の中核人物として頭角を現していきます。

孫文の死後は国民党の実権を握り、1920年代後半には北伐を成功させ、名目上は中国を再統一します。そして中華民国の最高指導者となり、南京国民政府を樹立しました。

蔣介石の統治は近代国家建設を目指す一方で、強い反共姿勢と権威主義的な政治が特徴でした。

日中戦争では抗日戦争の最高指導者として中国を率いましたが、戦後大陸での国共内戦では劣勢になり、1949年に台湾へ拠点を移し台北を臨時の首都として中華民国政府を維持

台湾では戒厳令下で強権的な統治を行い、白色テロと呼ばれる弾圧を生んだ反面、土地改革や教育整備などを通じて経済発展の基礎を築いた点は評価されています。

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蔣介石は「独裁者」「建国指導者」という両面から評価されている感じですね。

✅蔣介石を記念して造られた「中世記念堂」を解説!

2代目:厳家淦(1975年~1978年)

厳家淦は蔣介石が統治していた際に副総統を務めていて、蔣介石の死後に総統に昇格して台湾の政治を支えました。

厳家淦は1905年に江蘇省で生まれ、若い頃から経済・財政分野に秀でており、政府では金融官僚として頭角を現しました。蔣介石政権下では財政部長や行政院長を歴任し、戦後台湾では経済再建と通貨改革に貢献したんですよ。

厳家淦の在任期間は、実権を持つ蔣介石の息子「蒋経国」との分業体制が特徴で、厳家淦は内外の安定を保つ役割を果たしました。

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厳家淦は総統を務めながらも、蒋経国を支える役割も強かったんですね。

3代目:蔣経国(1978年~1988年)

蔣経国は先ほどもチラッとお伝えしたように、蔣介石の長男で3代目の台湾総統を務めました。

蔣介石が独裁政権としての印象も強い中で、蔣経国は権威主義体制から民主化へと舵を切った転換期の指導者として知られています。

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若い頃はソ連に留学し、共産主義体制の内部を直接体験したという異色の経験も、柔軟な統治姿勢に影響したと言われていますよ。

蔣経国は1978年に総統に就任。1980年代には党外運動を事実上容認し、言論や政治参加の自由を拡大しました。

そして、1987年の戒厳令解除は台湾民主化の大きな転機となったんですよ。また「本省人(日本統治時代終了以前から台湾に住んでいた人々)」の登用を進め、社会の分断緩和にも取り組みました。

4代目:李登輝(1988年~2000年)

台湾を民主化させた総統として印象強いのが「李登輝」ですよね。

李登輝は1923年に日本統治下の台湾に生まれたこともあり、日本教育を受けて育ちました。そのため日本語がペラペラで、日本人より日本人の精神を持っている人物としても語り継がれています。

戦後は農業経済学者として活躍し、専門官僚として中華民国体制に入ります。蔣経国政権下では副総統に起用され、1988年に蔣経国が亡くなったのに伴い総統に就任

就任当初は国民党内で基盤が弱かったんですが、巧みな政治手腕で主導権を握り、権威主義体制の解体を進めました

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特に万年国会の解散、総統直接選挙制の導入などを通じ、台湾の民主政治を制度として定着させた点が最大の功績とも言われています。

5代目:陳水扁(2000年~2008年)

陳水扁は台湾の政治で初めて政権交代を実現させた総統として知られています。

1950年に台湾南部の貧しい家庭に生まれましたが、たくさん努力して法律家となり、人権派弁護士として白色テロ期の被害者救済に関わった経験が政治的原点となったそうですよ。

民進党の創設期から中心人物として活動し、台北市長を経て2000年の総統選挙で当選。これで国民党による長期一党支配は終わり、台湾史上初の政権交代が実現しました。

陳水扁政権は台湾の主体性を強く打ち出し、中国との距離を意識した姿勢を重視。一方で言論の自由や司法改革を重視し、民主制度の定着には一定の役割を果たしました。

しかし政権後半には政治的対立が激化し、汚職疑惑が政権運営に深刻な影響を与えてしまったんですね。

6代目:馬英九(2008年~2016年)

馬英九は台湾の中華民国第8代総統として、対中関係の安定化と制度的現実路線を進めました。

1950年に香港生まれで台湾で育ち、アメリカで法学を学んだ後、国民党政権下で官僚・政治家としてキャリアを重ねます。

クリーンなイメージと法治重視の姿勢から支持を集め、台北市長を経て2008年に総統に就任緊張が続いていた両岸関係を対話路線に転換し、直行便の就航、観光客の相互往来、経済協定の締結などを進めました。

そして経済面での交流は拡大しましたが、中国の縛りが強まることへの不安も大きく社会に広がりました

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聞いたことのある方も多いと思いますが、2014年の「ひまわり学生運動」は、その反発がもとになった印象的な出来事ですね~。

馬英九は総統としての役割を終えた後も中国との融和姿勢を重視し、今でもちょくちょくニュースになっていますね。

7代目:蔡英文(2016年~2024年)

台湾発の女性総統として、日本での認知度も高いのが「蔡英文」。

1956年に台湾で生まれ、台湾大学卒業後、アメリカとイギリスで法学を学びました。若い頃は学者・官僚として活動。李登輝政権下では対外交渉や制度設計に関わり、実務能力を評価されたそうですよ。

民進党では党主席を務め、2016年の総統選挙で当選し初の女性総統に。政権運営では「現状維持」を掲げつつ中国の「一国二制度」を明確に拒否し、台湾の民主主義と主権を守る姿勢を強調しました。

また、香港情勢の悪化や中国の軍事的圧力を背景にこの立場は国内外で注目を集め、2020年の再選に繋がったんですよ。

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内政面では年金改革や同性婚の合法化など、社会的に難しい改革にも踏み込みました。この時期に台湾が一気に先進的な民主国家になったイメージですね。

8代目:頼清徳(2024年~現在)

現在の台湾政権を担っている総統が「頼清徳」ですよね。

1959年に台湾南部に生まれ、医師として社会に出た後、政治の道へ転じました。医療現場で培った現実感覚と庶民性が今の政治姿勢の基盤となっているそうですよ。

立法委員、台南市長を経て行政院長に就任し、地方行政と中央政治の両方で実務経験を積みました。蔡英文政権では副総統として対外・対内の安定を支え、2024年の総統選挙で当選

頼清徳は「民主と主権の堅持」を明確に打ち出し、中国からの圧力に対しては強い警戒姿勢を示す一方、挑発を避ける現実的なバランス外交を行っています。

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台湾の総統と首相・大統領の違いは?

台湾の総統は大統領や首相とは何が違うのか疑問に思っている方も多いでしょう。

結論、英語で「President」と呼ばれているように、総統はどちらかと言えば「大統領」に近い立ち位置の存在になります。

ただし、大統領が国家元首と行政の長を兼任しているのに対し、台湾の場合は行政の長を「行政院長」が務めています。

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行政院長は日本で言う「首相」の立ち位置ですね。

ただし、日本の首相は議会で選ばれるシステムであるものの、台湾の行政院長は総統が任命します。台湾だと思いっきり総統の意向を反映した選出になっているんですね。

つまり、台湾では大統領制と違い、国家元首と行政の長が分かれているものの、行政の長は総統が選べるため、総統の権限の大きさは大統領制に近い感じなんですね~。

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台湾の歴代総統を把握しておこう

台湾では今までに8人が総統になっており、民主化を経て政権交代が行われたりと、総統の歴史を調べると台湾の歴史も追うことができますよ。

当記事を参考に、ぜひ台湾の歴代総統を覚えてみてくださいね。

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